
頭がいい子は、親のほうが安心して「この子はべつに親が手だしをしなくてもいいところにいける」と思うと、当然お受験には敗れます。
それからあわてて少々勉強しても2流3流の学校にしかいけなくて、その子はその子でスポイルされてしまうんです。本来ふさわしいポジションにいられないから。
つまり、勝ちグループにいて能力がない子も苦しい人生を送ることになるし、本来能力がある子もいったん負けグループに入ってしまうとなかなか敗者復活ができない。
つまり、どっちもダメってことです。
極端かもしれないけど、塾禁止で、普通にテストをやって行ける人が頭のいい学校に行くというようにしたほうが、才能は開花すると私なんかは思ってしまう。お互いにね。
塾に通わなくても、学校の授業で一通りのことを学べるというようでなければおかしいのです。
それに、勉強が好きな子もいれば、嫌いな子もいます。
勉強が好きで、学校のテストもずば抜けて成績のいい子は有名中学に進学する、成績があまりよくない子は、自分の学力に見合った地元の中学に進学する、というようにしていったほうが、自然で無理がないのではないでしょうか。本来、勉強という意味ではね。
「この子は勉強に向いているかどうか」を、親がきちんと見分けてやらないとね。
勉強するよりも友達と遊んでいたいという子を無理やり塾に通わせたところで、学力が身につくものではありません。好きなように遊ばせていたら、勉強以外のことに自分の得意分野を見出す可能性は大きいのです。好きなことを仕事にし、生き生きした人生を送れるように、親がサポートしてあげるべきだと思うのです。
親の判断ミスにより、子の可能性を潰してしまっては、あまりにも可哀想です。
どんな子にも、その子だけの得意分野というものがあるはずで、どこに才能の芽が潜んでいるかは未知数なのです。その子自身が自分の得意分野に気づき、自主的に才能を伸ばす努力をしだすようになるまで、親は気長に見守ってやる必要があります。
名のある大学を出たものの、会社で「使えないやつだな」と言われて肩身の狭い思いをさせられるなんて、可哀想じゃありませんか。
そういう人生よりも、いっそ学歴になどとらわれず、「自分には大工の仕事が向いている」とか、「ケーキづくりが何よりも得意」というように、自分のやりたいことをやって生きていけるようにしたほうが、よほど幸せでしょう。
そういう生き方、考え方が、日本中に広がっていくといいなと思います。
要は、自分の身の丈に合った生き方をすること。
自分自身の丈を知って、身の丈のぶんの努力をして、それ以上バタバタしないというのが、じつはものすごくクレバーな生き方なのではないでしょうか。
院長 高橋龍太郎著書『仕事も人間関係も「いっぱいいっぱい」にならない方法』より抜粋










